今日買った文庫本 「本を読む本」

本を読む本買いました。最近本を買うようになっててそのきっかけがギャンブル依存症を改善したいと思い立ったことが始まりでした。本を買ったものの、本を読むモチベーションがなかなかわかず、モチベーション脳という名前の文庫本も買ったりしてとりあえず今はそれを読み進めています。モチベーション脳を読んでモチベーションを知りモチベーションを上げて13冊も買ってしまった本を全部読みたいという算段です。本を読むって体は座った体制とかで読むし微動だにしないのが普通だと思います。それって体が動いてないのでぼーっと怠けてる感じの時と変わらないのでは?と最近発見しました。本を読むというと頑張って読まないといけないというイメージが本を読むのが苦手な自分にはあります。読み始めると次々と先を読みたくなるのですが、読み始めるための動機が弱くてやっぱり頑張らないと読み始められないのですが、読んでる間はだらだらと怠けているのと変わらないのではないか?と自分を洗脳して、本をもっと読めるようになりたいなと思っています。例えばスマートフォンでXを見ながらだらだらと時間を過ごすことは結構皆さんもありますよね?僕はXを読むのはすらすら読めて、なんで読書は苦手なのにXはこんなにも読んでしまうのかとずっと思っています。おそらく日々新しい情報が発信されている新鮮な場ということで、予想外で脳にとってびっくするようなことが読めるということで、脳にとって中毒的に依存状態にあるのだと思います。脳って予想外なことにびっくりして記憶に残りやすいみたいです。まだ勉強中でよく分からないのですが、ギャンブル依存症の改善の一環として心理学を学ぼうと思って色々興味のある本を買っています。報酬系というワードやドーパミンというワードあたりがギャンブル依存症と関連しているということはギャンブル依存症の本を読んで学びました。そんな中で予想外の事は脳がびっくりして記憶に残ったりするみたいなことが書かれてた気がします。13冊の買った本のほとんどはよく考えたら心理学に関連していて、興味を持っているものを自然と選んでいるんだなと思うと面白いです。行動経済学の本も言ってみればギャンブルなんてものは騙されてやるようなものなので、行動経済学ってなんか騙されないようにしようみたいな感じでもあると思うのですが、多分行動経済学を学んで人間の習性や世の中の消費者をターゲットにした商売なんかの仕組みを知ることは、ギャンブル依存症の改善のヒントになる気がします。あと認知行動療法に関する本も買ってます。結局は依存症って自分の行動に関することなはずなので、例えば動物実験などでマウスの習性を知ったうえで構築されたような心理学の勉強は人間である、また動物でもある自分の習性を知ることになるはずなんですよね。だからまずは自分の事を知ろうと思っています。あと生活習慣も丁寧にしていきたいと思っています。休む技術という本も買いました。今頭の中は自分の生活を正しく丁寧に軌道修正することしかありません。趣味もほとんどやってなくてそっちの方に興味があります。ゲームもジャズ演奏もジャズを聴くこともあんまやってなく、音楽制作やゲーム制作といった創作活動もやってません。創作活動については考えるだけで頭がいたくなるほど、しんどくなってます。創作続けないとできてたことができなくなる気がしますが、僕は人生で得た能力を捨てることに余念がありません。何かを捨てたら新しい何かを獲得できると思っています。やらないと決めたら躊躇なく休止するということはやってます。しんどいことはやりません。

 

で、今日買った本は今書いたこととは全く関係なく、本を読む本という、これは今日知ったのですが1940年にアメリカで出た本らしいです。本当はたくさん買った本を読む前に「本を読む本」みたいな準備をせずに好きな本を好きなように読みたいという気持ちがあるのですが、結構有名な本みたいだし、本を読むのが苦手な自分にとって何かヒントになるのではないかという思いもあり、今日やっと購入しました。税別で1070円の文庫本です。文庫本で1000円越えはなかなか手にしにくいイメージを持っていたのですがほとんどが今は1000円超えてるのが多いので。この本を読めば本を読むことに何か変化が起きるんでしょうか?1940年に出て翻訳されたりして日本でも今でも棚に表紙が見える状態で置かれていたということはずっと売れている普遍的な本なんだと思います。有名すぎてこんな本を買うのはにわかだと読書家には思われるかもしれません。本初心者が安易に手に取るような本と思われても別に構いません。本初心者ですから!この本はモチベーション脳を読み終わった後に認知行動療法の入門的な本を読んでから、そのあとに読みたいと思います。本を読む順番ってなんか一番いい順番を考えてしまいますね。ごはんを食べる時も大体順番を考えてしまいます。世にも奇妙な物語に新幹線の弁当のおかずの食べる順番をめちゃくちゃ考えて食べる奇妙な人のドラマがあった記憶があります。あれを子供のころに見てからそういう行動を意識しちゃってるんですよね。人生ってなんなんでしょうね?ふとしたきっかけで意識することが増えたりします。いわば呪いですね。この本を読んだことでまたそのような意識することがまた増えるのでしょうか。本を読むことを37年間ほとんどせずに生きてきた無職の37歳の男が僕なのですが、今度こそ本を読めるようになり、習慣にして趣味にしたいと思っています。それはかなうのでしょうか?この、本を読む本にはそう成れるためのヒントは入っているのでしょうか?1070円でそのような意識を手に入れられるなら安いもんです。これからの人生、本を沢山読んで沢山の呪いを脳にインプットしたいと考えています。一度覚えたことは不可逆かもしれません。新鮮で無垢で何も持っていない自分にはもう戻れないかもしれません。でも僕はそろそろ本当に本を読めるようになりたいんです。37年間で何回も本を読めるようになるぞと思って買うだけ買って読まない日々でした。今度こそ本を読むことを体を動かさず休みながらだらだらと怠けながら読むという感覚で読めるようになりたいと思います。コツコツ時間をかけても良いから確実に読む習慣をつけたいです。焦ったり自分に見合わないスピードで読みたいとか思ったりするとイライラして読めないと思うので、じっくりと、理解できてないなと思ったら少し戻って読んだり、とにかく時間を贅沢に使って読みたいと思います。この写真は今日買った本を読む本です。

 

僕はXで毎日怪文書のような理屈のこねたことばっかりつぶやいていて、おそらくフォロワーさんたちはうんざりしていると思います。ブログでもつらつらと書き始めたら言いたいことがたくさん出てきて、内容のない浅くて意味のない言葉を吐き続けてしまいます。パソコンの前に座ってキーボードでブログなどで文字を書くというのは本当に気持ちよくて、誰かが読むと思うと自分が楽しくて、くだらないことばっかり言ってしまします。頭の中を表に出すのが気持ちいいのでしょうか。XはTwitterのころから確か2011年あたりからやり始めていて、ずっと13年間ぐらいでしょうか、つぶやきっぱなしでした。140文字だったと思いますが、文字数が足りなくていつももやもやしていましたので、今年になってはてなブログをはじめてからはそのもやもやが晴れる感じでブログを書いています。どうでもいいことでもなんか自分の考えとかを書いて、書いているうちに思いついたことを書いたりしていくのが気持ちいいです。自己顕示欲というのか、自分の考えを承認してもらいたいという気持ちがデカいんだと思います。本を最近買いだして読み始めてからそれに拍車がかかった感じがあってXでも怪文書をずっと書いたりしてます。僕は統合失調症なのでそれの影響もあるかもしれません。統合失調症についても自分は患ってから20年ぐらい経つのですが全然統合失調症については少しぐらいしか知らないレベルだと思うので、書籍などから勉強しようかなとも思っています。もしかしたら頭の中を表に出したいみたいな性質が症状とかにあるかもしれません。このブログをこの位置まで読んでくれた人はいないかもしれませんが、世の中にはおそらく文章であれば何でも長いものを読んでいると落ち着いたり気持ちよくなったり回復したりする人がいる気がするので、僕がこうやって意味のない駄文をつらつらと書くことには意義がある可能性もあります。こうやって今世の中になかった文章を書くということは、時代の最先端を生きている現代人として、新しいものを一時的であっても世の中に表示しているという満足感はあります。こうやって文章を書くことは簡単なのに、人が書いた本を読むことが困難なのは何故なのでしょうか?自分が書いた文章は簡単なのですらすら読み返せます。読み返すことで満足感も感じれます。駄文を書いているのに恥ずかしいとか思わないです。大体創作においても自分の作品を恥を感じずにポンと晒すことができます。ゴミを人に見せるという嫌がらせを気持ちいいと感じているとも考えられます。でも自分では自分の作品が良いと思ってしまうのでたちが悪いです。そのおかげで自分の作るものの悪いところを発見できず、成長するのが困難なんです。創作は向いてないかなと最近はほとんどあきらめています。今回今書いているブログは日記という設定なので自由になんでも書こうと思っていますが、一応今日買った本というテーマなので最後に最近買いためた本の写真を載せて終わります。これを枕元に設置しています。

 

これらの本は買って満足して放置せずにコツコツと読んで行きたいと思います。

 

お読みいただきありがとうございました。